留学生インタビュー

日本に留学した理由を教えて下さい

私は元々フルート奏者でしたが、ある本に尺八が「竹製クラリネット」として紹介されているのを目にし、尺八に大変興味を抱きました。ところが実際尺八は、「竹製フルート」だと知り、最初はがっかりしました。「竹製クラリネット」の方がずっとエキゾチックでしたから。1986年に初めて訪日し、神戸で英語を教えながら趣味として尺八を練習し始めました。私の最初の先生は中村心瞠氏でした。1年半後、オーストラリアに帰国し、モナシュ大学の修士課程で民族音楽学を学び、尺八の外曲目録について論文を書くことにしました。日本の音楽家と話したり、尺八に関する文献を読むために、日本語も本格的に勉強し始めました。そして修士課程を終える頃、東京芸術大学で尺八を勉強するために文部省の奨学金に応募し、合格しました。

日本に留学中のことについて教えて下さい

外国人が入居できる家を見つけるのも簡単ではないのに、その上毎日5-8時間も尺八の練習ができるような家を探すのは本当に大変でした。ユキさんという友人が、東京の根津にとてもすばらしいアパートを見つけてくれました。そこには、長唄、三味線、詩吟、能楽を学んでいる人達が住んでいました。私のお隣は素晴らしい人でしたが、私は午前9時以前と午後9時以降は練習しないという取り決めをしました。私は東京芸大では山口五郎先生から、また、個人的に田嶋直士先生からも尺八を学んでいました。さらに、他の個人レッスンや演奏会や楽譜代にも費用がかさみ、奨学金だけでは全然賄えず、週に1日くらい英語を教えていました。

帰国してからの日本との関係について教えて下さい

尺八は私の生活の中心であり、今でも日本の友人や先生方との交流があります。帰国後、私は完全なプロ奏者となり、90年代には数多くの興味深い作品を手掛け、日本で書道家、日本舞踊家、琵琶奏者、三味線奏者とも共演しました。メルボルンでは、舞踏家、俳優、詩人と共演しCDも多数制作しました。最近の7年余りは、当地在住の太鼓奏者・坂本俊範氏と一緒に子供向けの演奏活動も行っています。今年はニューヨークでの国際尺八祭にゲスト奏者として招かれたり、光栄にも横山勝也先生に招かれ、岡山県美星町で日本屈指の尺八奏者のために作曲をし、また共演もしました。

日本にこれから留学するオーストラリア人へ一言

まず、隣人とは仲良く!それから、あらゆる機会を活用し、足を運び、見て、あらゆることをできるだけ多く学ぶよう心掛けて下さい。たとえどんな分野の専門家であっても、毎週少しずつでも時間を割いて、文化について何かを学んで下さい。私は毎週座禅に通ったり、美術館や地元の祭りに行ったり合気道を習ったりしました。自分にとって大切な人々とは、どんなに忙しくても緊密に連絡を取り続けることも重要だと思います。国に帰って大変忙しくなるのはよくあることですから。

掲載日:2005年1月18日