留学生インタビュー

顧さんはなぜ日本に留学しましたか?

私は上海生まれの上海育ちです。飛行機に乗ったこともなく上海しか知らない私は、他の国に行き、別の角度から物事を考え、見てみたいと思っていました。私は当時35歳でしたが、まだ人生の道を模索中でした。そんな時、日本の電力会社の会長と会う機会があり、日本の大学の先生を紹介して頂きました。私の専門は心理学だったので、アメリカに行くべきかとも思いましたが、日本の大学の先生を紹介して頂いていたので日本へ留学することに決めました。

日本での生活はどうでしたか?

私は1991年に来日し、久留米大学へ入学しました。始めの一年間は研究生で、その後修士課程の正規生になりました。私は私費留学生だったので生活を楽にするためにアルバイトをしていたのですが、和風レストランで働いたおかげで、いつの間にか日本料理が作れるようになり、今でも来客がある時、日本食を作ってあげています。その他には、九州にある大手のテレビ局で約3年半アルバイトもしました。このアルバイトでは色々な経験をしたのでそのお話をしたいと思います。このアルバイトでは日本語ができないと仕事にならないので、日本語がとても上手になりました。まず始めにやったのは、カメラマンの助手でした。助手をしながら他の人の仕事を観察し、自分で学ぶよう努力しました。そのようにしてカメラの撮影を覚え、そして編集までできるようになりました。このアルバイトで私は九州のあちこちに行く事が出来、仕事を通じ日本の風土に触れ、とても興味深かったです。また、台風が来れば、大雨と強風の中、長靴を履いて取材に行きました。その時は全身びしょびしょでしたが、それも仕事なので仕方ありません。その他に、密入国者がいた時には、通訳として現場に行った事もあります。このような様々な経験を通して、私は取材の仕方、報道ルールそして日本人の仕事に対する考え方を学びました。学校の授業以外で得ることができた貴重な経験だったと思っています。

九州のテレビ局でのアルバイトの経験が今のお仕事につながったのですね

そうですね。帰国後私は、日本での経験と技を活かして、中日共同制作番組のスタッフとして働くことになりました。今日はその内の一つの番組についてご紹介したいと思います。その番組は10分間のドキュメンタリーで、「まき先生」と言う方が登場します。この「まき先生」は上海の中学生にボランティアで日本語を教えていました。自分でお金を出して、自分の家の中に日本語を教える環境を整えました。「まき先生」は日本の雰囲気をわかってもらおうと生徒達と一緒におにぎりやカレーライスを作ったりしました。このドキュメンタリーで一番面白い所は、当番制度です。中国では何でも競争なので、「貴方は掃除当番、貴方は皿洗い」というように、仕事を平等に交替するという考え方がありません。日本人が見たら当たり前のシステムですが、中国人から見たらとてもおもしろいことです。「まき先生」は日本語教育のみでなく、日本人の考え方をも紹介、指導していたのです。このドキュメンタリーの放送後、「こんな先生がいるなんて信じられない。日本での生活を捨てて、ボランティアで日本語を教えているとは!」と遠方からもたくさんの手紙が届きました。また、「まき先生」には黒板が寄付され、上海政府に表彰されました。
私は、このように1つの番組を通して、中国人が日本に興味を持ち、理解してくれるようになれればと願っています。

面白いお話有り難うございました。最後にこれから日本に留学しようと思っている学生、日本に留学している学生にアドバイスはありますか?

私が日本に留学することによって一番変わったのは考え方です。私は心理学専攻だったのですが、日本では、心理学だけでなく哲学など幅広く勉強することができ、自分で考え、自分で判断するということを身につけられました。また、日本語を学ぶ事によって、新しい世界が広がりました。チャンスがあれば日本に留学し、物の考え方や見方を変える経験をしてみて欲しいと思います。

掲載日:2004年1月29日